春のシャウレイ旅行記//十字架の丘の圧倒的な風景【世界一周リトアニア編】
ラトビアの首都リガからバスでやってきたのは、バルト三国最後の国リトアニアの都市シャウレイ。
日本ではまったく聞いたことがないこの地方都市には、何千もの十字架が建てられた丘の絶景が有名なのです。
はたしてリトアニアとはどのような国なのか?そして、十字架の丘とはどのような場所なのでしょうか?
【目次】
【シャウレイ旅行記①】ラトビアからリトアニアへ!!
【2015年6月7日】 Taxi @aso_kura
ラトビアのリガからリトアニアのシャウレイまでバスで移動
エドガスたち
ラトビアのカウチサーフィンでお世話になったエドガスたちに別れを告げて、首都リガのバスターミナルへ。
ここから、次の目的地であるリトアニアのシャウレイまで、長距離バスで向かいます。
リガからシャウレイまでの運賃は一人9.6ユーロ(1,400円)、所要時間は3時間弱でした。
バス乗り場でバスが来るのを待っていたら、男女二人組の武装した警官が来てパスポートをチェックされました。
今までの北欧では一切そのようなことはなかったので、やっぱりリガのバスターミナルってあんまり治安良くないのかなぁ…。
MAP リガ・バスステーション MAP シャウレイ・バスステーション
シャウレイの宿「シモーナハウス(Simona House)」
シモーナハウス(Simona House)
シャウレイに到着したのは、日も暮れかけた頃。
天気が悪くて寒いし、バスターミナルもその周辺も人気が少なくて、ちょっと嫌な雰囲気。
なので、急いで予約していた宿に向かいました。
シャウレイの宿は、「シモーナハウス(Simona House)」。
ダブルの個室で、シャワー・トイレは共用、wifi有り。その時の料金は、一泊一室20ユーロ(2,950円)でした。
現在は自転車の無料レンタルがあり、有名な十字架の丘までは12kmなので、天気が良ければのんびりサイクリングもできますね。
北欧に入ってから、ずっとカウチサーフィンかドミトリーだったので、本当に久々の個室。
今日は、のんびり過ごして、明日に備えようと思います。
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【シャウレイ旅行記②】圧倒的な十字架の丘とシャウレイの街を観光
【2015年6月8日】Shuku japanese_dog_hana
今日は朝からやる気なし。
観光も何もする気がおきず、なんでだろ〜??って思ってたんだけど、理由は明日分かることになります。
シャウレイから十字架の丘へ路線バスでの行き方
今日の観光のメインは、シャウレイ郊外にある「十字架の丘」。
シャウレイからは、路線バスの利用が便利です。
バスが出ているのは、シャウレイ・バスステーション(UAB Busturas)。
ターミナル12番のヨニシュキス(Joniskis)行きに乗り、途中のドマンタイ(Domantai)で降ります。
日中は1時間に1本程度出ていて、運賃は片道一人0.8ユーロ、所要時間は20分位でした。
お金は運転手に直接渡す方式なので、その時にドマンタイに行きたいと告げておくと安心です。
MAP シャウレイ・バスステーション
ドマンタイのバス停で降りて、少しシャウレイの方向に戻ると左に道があるので、そこを進んでいきます。
この看板が見えたら、もうすぐトイレのある観光案内所があります。
十字架の丘は、さらにその奥なのでドマンタイのバス停からは20分くらい歩くことになります。
MAP 十字架の丘
十字架の丘が想像以上にすごかった!!
観光案内所を越えると、だんだんと十字架の丘が見えてきました。
思ってた以上に、大小様々なすごい数の十字架が刺さっている感じ。
丘へと続く道も、柵のようにず〜っと十字架が道の脇に置かれてています。
とても古いものから、つい最近設置されたものまであります。
丘の麓に到着!!
…これは圧巻。
一体、何本の十字架が置いてあるんだろう??
十字架の丘の始まりは、まだリトアニアがロシアに占領されていた頃。
彼らは、何度か独立のために蜂起しましたが失敗。
たくさんの犠牲者を生む結果となりました。
犠牲者の家族は、彼らを慰めるためにこの丘に十字架を建て始めました。
これが、十字架の丘の始まり。
その後、リトアニアはつかの間の独立を勝ち取ることができました。
その間に、この十字架の丘は、独立戦争での死者の慰霊や平和を祈る場所として定着していきます。
1944年、リトアニアはソ連の統治下に入り再び独立を失います。
再び独立できた1990年までの間、十字架の丘はリトアニア人たちの宗教や遺産に対する心の拠り所となりました。
また、それはソ連への非暴力的な抵抗を表していたとも言われています。
ソ連は、何度もブルドーザーを使って十字架を撤去しようと試みましたが、その全てを破壊することはできませんでした。
そして現在、シャウレイの十字架の丘は、世界とリトアニアの希望と平和と愛、そしてリトアニアのために犠牲者となった人々のための場所となっています。
この土地は、誰の管轄でもなく、誰でも自由に訪れることができ、誰でも自由に十字架を設置することができるそうです。
何度も侵略されたこの町の住人のささやかな反発。
壊されても壊されても諦めなかった人々。
大きなものに立ち向かえる粘り強さと一貫性は、ただただすごいなと思いました。
十字架の丘でのこぼれ話
コウノトリの巣
十字架の丘の周辺には、コウノトリが巣作りできるための柱が、色々な場所に建設されていました。
コウノトリが赤ちゃんを運んで来るっていうのは、日本だけじゃなくバルト三国でもそう言われているそうです。
一体どこが発祥なんだろう??
観光案内所にあるお土産屋さんでは、この様に新しい十字架が売っていて、自分で建てることができます。
丘の中には、倒れた十字架を大きなハンマーを使って再び立て直していたおっちゃんがいたので、その人に頼むのかな?
十字架の丘の見学に、お洒落なオジサマオバサマの集団がきました。
彼らが乗って来たのは、全部クラシックカー!?
クラシックカーに乗って観光するツアーがあるのかな??
Taxiは、カッコいいカッコいいと写真をバシバシ撮っていました。
確かにカッコいいけど、オープンカーは暑そう〜。
さらに、聞き覚えのある言葉で話すおばちゃんたちの集団がやってきました。
駐車場に停まっていたバスには、「ハンザ都市の輝き バルト三国とポーランド周遊の旅」と書かれていました。
なんとマニアックなツアー!!リタイアした旅行好きの世代は、もうメジャーな場所への旅行は終えて、こういうマニアックな土地へ向かっているのでしょうね。
十字架の丘の観光案内所にあった自動販売機。
この日は暑くて、あまりにのどが渇いたので飲み物を買うことに。
リトアニア語しか書いていなかったので、よく分からないけど一番安い「Vanduo」にしてみた。
vanduoって聞いたことがない名前やったから、好奇心をくすぐられて押したのに…。
この商品だけイラストも何もなかったから何やろ〜?って期待したのに…。
なんと出てきたのは…
なんと出てきたのは…
「水」
でした。
いや、冷えてたから冷水かな。
Vanduoって日本で言うお冷、英語でコールドウォーターって言うようなものなのかな?
まさか、ジュースの自動販売機でお冷を売っているなんて思わんやん。
ペットボトルならわかるけど、コップで販売してる自動販売機で!!
その謎は、この後イタリアに行った頃にようやく解けるのです。
まぁそれも予測だけど、イタリアではコーヒーは砂糖がたっぷり入っていてめっちゃ甘い。
なので、コーヒーを頼むと、一緒に必ず冷水か炭酸水が付いてきます。
コーヒーと水をちびちび交互で飲むのがイタリア風。
っていうかギリシャもアルバニアでもそうだった。
だから、コーヒー用にお水も売っていたのかなぁ?
シャウレイからカウナスへバスで移動
カウナスの街並み
十字架の丘からシャウレイの街に戻ってきました。
宿で預かってもらっていた荷物を引き取り、バスターミナルへ。
今日は、このまま次の目的地である「カウナス」へバスで移動します。
シャウレイ・バスターミナルを出発して、カウナスのバスターミナル着。
運賃は一人9.84ユーロ(1,450円)、所要時間は3時間程度でした。
MAP シャウレイ・バスステーション MAP カウナス・バスステーション
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