イランのアサシン教団の故郷アラムート城へドライブ!!

イラングルメ, 観光

テヘラン イラン科学技術博物館

えっ!?テラフォーミング計画ですか??

 

どうも旦那です。

 

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今日は、イランの祝日。
テヘランでお世話になっているレザさんの子供たちも習い事等が休み。
なので、レザさん一家と僕たち全員で初めてのお出かけです。

 

今日の目的地は、アラムート城


テヘランからは、北西方向。
まずはハイウェイでガズヴィーンという街を経由して、そこから北上するドライブです。

 

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約4時間くらいでアラムート山到着。
ここからは徒歩で山頂にあるアラムート城塞に向かいます。

 

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と、その前にしっかり腹ごしらえ。サンドウィッチとチャイを頂きました。

 

イラン アラムート城

アラムート城の入場料は、外国人料金150000レアル
ちなみにイラン人は30000レアルです。。。

 

イラン アラムート城

山頂までは、かなり急な山道。雨の日は厳しそう^^;

 

イラン アラムート城登れない人の為に馬も用意されていました。

 

イラン アラムート城

20分くらい掛けて山頂に到着!!

 

イラン アラムート城

ここからの眺めは絶景でした。
今は、夏の終わりで枯れ草色の山々ですが、春は緑が濃くてより絶景らしい。

 

ペルシャの王様は、この様な山城を築きながら勢力範囲を広げていったそうで、似たようなものが200以上あるとか^^;
普段使いの城ではなくて、あくまで戦争用。
戦争時には、街から全ての人が移動し籠城戦を繰り広げたそう。貯水池の跡もありました。

 

ここアラムート城は、最終的にカルトなイスラム教団が使用していました。

ニザール派の開祖ハサン・サッバーフという人がリーダーなのですが、彼が権力者への抵抗するために生み出した戦術がアサシン(暗殺)。

なので、彼の教団は別名暗殺教団と呼ばれていたそうです。

普段は、国を困らせる様な過激な活動ばかりしていたようですが、モンゴル軍が攻めてきて、いざペルシャの一大事となると一転して国を助ける為に一番奮闘したそうです。
まぁ、任侠道的な方々だったのかな??^^;

 

さて、これからまっすぐテヘランに来た道を戻るのかと思ったら、レザさんの思いつきで山を越えてカスピ海に出ることに。
僕たちも、車で日本を旅行しているときは思いつきで、予定をころころ変更していました。
やっぱり自家用車があると旅はより楽しいだろうなぁ。

 

イランの天候は北部と中部、そして南部でガラッと変わります。
理由はイランの北部と南部の横断するそれぞれの山脈。

 

この山脈のおかげで、北部はカスピ海からの湿った空気を全て受け入れて、雨が多い温暖湿潤気候。
南部は、ペルシャ湾の熱気を全て受け止める高温多湿な気候。
それに挟まれた中部は、乾燥して晴れの日が多いのです。

 

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未舗装の山道をゆっくりゆっくり登ると、その北部と中部の気候の違いがはっきりわかる風景が眼の前に広がりました。

 

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そして、雲の中をさらに進み峠のテッペンへ。
おそらく高度3800mくらい、富士山より高い場所。
気温は8度。テヘランは35度近くあったので、あまりの寒さに凍えました^^;

 

イラン キッチン

山を下ってラムサールという街で食事。
イランの飲食店には3種類あります。
レストランとキッチンとファストフード店。

 

イランのレストランはものすごく高くて、ファストフードはものすごく安いです。
その中間を埋めるのがキッチンと呼ばれる店。
本来は、持ち帰りの弁当屋という位置付けです。

 

しかし、追加料金を払うことによって店内でも食べることができます。
普通は逆ですよね??持ち帰るほうが容器代がかかりそうなものなのに。
理由は、イランの税制にあるようで、レストランにかかる税金が高いらしい。

 

イラン ケバブ

これで100000レアルと店内飲食代10000レアル

 

キッチンは、店内に飲食スペースを設けないことで、その税金を回避しているそうです。
なので、できれば店内で食べて欲しくないので追加料金を設定するのだそう。

キッチンの料金はレストランの半額ぐらいが相場だそうです。

この後は、カスピ海沿いを西を進みラシュトへ行って宿泊する予定・・・だったそうですが、レザさん行きつけの宿は満室。
どうせ明日の午後にはテヘランに戻らないと行けないそうなので、このままテヘランへ帰ることに。

テヘランに着いたのは、深夜3時。

レザさんの運転時間、12時間は超えている様な。。。
僕も20代の頃は、これくらいの勢いで運転していましたが、アラフィフのレザさんのスタミナには脱帽です。

レザさん、そして家族のみんなでいい思い出ができました、ありがとう!!